京丸集落は秘境地帯にある隠れ里!どんな場所にあるのかリアル解説

静岡県の秘境地帯にある京丸集落(きょうまる)に行ってきたので、どんな場所にあるのかどんな道のりなのか体験した事をリアルに解説。

伝説の隠れ里「京丸集落」

京丸集落の歴史はかなり古く、今から約600年以上前の南北朝時代(1300年代)に藤原左衛門佐が争乱から逃れる為に、この地に住んだと言われている藤原家の隠れ里。ウィキペディアによると、京丸集落が発見されたのは、享保(1716~1736年)に起きた洪水がきっかけのようで、下流の石切村(集落)まで枕が流れついたことから発見にいたり、それまでは秘境地帯だったせいか人が住んでいることすら知られていなかった場所です。

そんな秘境の中でも秘境地帯にある京丸集落藤原家!遠州七不思議のひとつ京丸牡丹伝説の里としても知られていて、知れば知るほど謎に満ち溢れていたことから、今回登山ハイキングをかねて実際に行ってきました。

京丸集落の場所とアクセス方法

場所 静岡県浜松市天竜区春野町小俣京丸
アクセス 林道ゲートから徒歩
道のり時間 ゲートから登山道コースの場合約2時間半

京丸集落の場所はマップを見ても分かるように山岳地帯が立ち並ぶ完全に山の中に位置していて、マップポイントの林道ゲートまでは車でいけますが、そこからは徒歩で登山道コースの場合は約2時間半の道のり。

集落までのコースは2種類、ゲートから少し行くと分岐点があり、京丸山を目指す登山道からと京丸川沿いの林道から行く方法の2択。自分が登山道を選んだのは訳があって、それは登山道コースの途中に荷物を運ぶリフトのような物があって見たかったのと、あくまで登山ハイキング目的で選んでいます。

ここは登山道コースでもかなりきつい場所につき、ガチの登山装備が必要!スニーカーなどで行くと滑落する危険性があり、登山靴やリュック服装などの持ち物は念には念を重ねたほうがいいです。その点、京丸川沿いのコースは昔は車が通れた砂利道の廃林道のため、登りでもそこまできつくないイメージ。

林道ゲートまでのアクセス

浜松市街地から続く国道152号→国道362号→天竜区春野町の県道389号→気田川と石切川が合流する橋手前の分岐を右側に進み林道(石切川沿い)をひたすら道なりに行くと石切集落に到着。ここからは画像を含めてどんな道なのか解説!

県道389号の橋手前分岐からはいる林道は、石切川沿いの車一台通れる道幅ですが、石や枝が落ちていたりと徐行程度で進まないと前方に何が落ちているか分からない道路状況。対向車が一切なかったのは救いでした。

春野町石切集落の目印としてはコミュニティセンターのような綺麗な建物と学校のような跡地、道中には家がポツポツと出てきます。石切集落でもかなりの秘境感、マップを見た感じでは林道の行き止まりのゲートまでこのまま順調に行けそうなイメージでしたが、ここからが最大の難関道。

石切集落からゲートまではハンパない林道

石切集落から進む林道は舗装が一切されていないダートのラリーカーが走るような道!道中は落石や太い枝が落ちていたりと下を良く見てタイヤがどの位置で進むといいか判断しながらの状況で、石が車底部にヒットするとオイルパンをやってしまう可能性が高く、時々道の真ん中に落ちている大きな石や枝をどけたりと進んでは止まったりの繰り返し。

画像ではそんな荒れた様子に見えないものの、リアルはかなりやばく、へたに石を踏んでもパンクの恐れがあり、枝を踏むとその勢いで曲がっている部分が車のボディに当たり傷が付いたりと引き返そうかと思ったほどの道のりでした。今まで色んな場所に行きましたが、ここまでの林道は初めて!それほど過酷な道が続いています。

石切集落からゲートまでは車に傷がつく可能性が高く、新車や高級車、大事にしている車で行くと後悔する林道なので注意。小型のSUV四駆向きの体感で、10キロ程度の速度で常に徐行する道です。

林道最終地点ゲートの様子

少し開けている場所が車ですすめる最終地点ゲート。石切集落付近からゲートまで約50分、マップを見る限り距離はたいしたことありませんが、道中に石や枝をどけたりしてこんなにかかりました。

車をとめられるちょっとしたスペースや京丸山や高塚山の案内板も完備、ここからは徒歩で林道を進んでいきます。

右側のゲートが京丸山や集落に続く林道。ちなみにスマホの電波はドコモでも圏外の状態で、あらかじめルートをネットで調べていたものの、念のためにグーグルマップにGPSをONにしてスタート。

ゲート付近は川が合流するすぐ近く、グーグルマップ上にはここから先の林道は表示されなく、GPSの現在位置(アイフォンは精度バッチリ)でだいたいの場所を把握。電波がなくてもあらかじめオフライン設定しておけばこのようにマップ上に位置が表示されるので助かります。ただGPSをONにするとバッテリーの消費が通常よりも早いため、万が一に備えてモバイルバッテリー10000mAhを2個リュックに入れ、アイテムや服装などフル装備状態の登山ハイキング。

京丸集落のコース道のり

ゲートからのコースを簡単に説明すると、自分の場合は京丸山登山コースなので、車が入れないゲート→廃林道→途中の分岐を京丸山登山道→廃林道に出たら京丸山山頂ではなく、京丸集落方面に進むコース内容。ただこのコースはんぱな気持ちでいくと後悔することになり、登山道は急な坂道がひたすら続き大変な道のり。

京丸山登山コースから京丸集落までの様子

ゲートからは、昔は車が通れた廃林道になっていて、道幅は意外と広くほぼ下り道。驚いたのが滝があちらこちらにあることで、水源は川を含めて豊富な印象。しばらくすると洞木沢橋、次に正木橋と2つの橋を越えた先にあるのが登山道の分岐地点です。

登山道の分岐地点

京丸山登山道に向かう分岐地点は、カーブミラーのオレンジの支柱付近、そこには「京丸山すぐそこ、ここから3時間」と書かれているのが目印。分岐地点まではゲートから約20分の距離で、京丸山に向かう登山道には小さな看板があります。ただこれ普通に歩いていると見落とすおそれがあり、このまま京丸川沿いの廃林道を進むともう1つの川沿いコース。

京丸山登山コース

京丸山に続く登山道は人一人通れるくらいの急な坂道!体感的には45度くらいの斜面+階段のようになっていない為登りにくく、Sの字状にクネクネ登って行く道のり内容。道中どちらに進めばいいのか分からない箇所も所々にありますが、その時はだいたい木の枝にピンクのヒモが結ばれているので、それを見て登るスタイル。

登って行くとだんだん川から離れているのが音でわかり、とにかく斜面がきついことから、途中から20m進んでは休憩の繰り返し状態。自分の登山経験値はちょっとした登山ハイキング(最高片道3時間)をしたくらいですが、ここまでの急な斜面も珍しく、看板がほぼないため、道があっているのか少し不安にもなりました。

マップに表示される自分の位置は京丸川沿いのまだまだ先が遠い場所。どこまでこの登山道が続くのか?体力がかなり奪われていく中で、やはり事前にトレーニングしておくべきだったと少し後悔。

風景は完全に森の中、こんな場所に本当に集落があるのか疑問に思いながら1時間以上登った先にあったのが滑車状の建造物!

おそらく昭和に入ってから設置された荷物運び用のリフトは、ケーブルの方角的にも林道ゲートを真っ直ぐいった先に繋がっているように見え、京丸集落やこの付近に荷物を運ぶ時に使っていたと推測できます。

ここからは2方向の道があるように見えましたが、ピンクのヒモを目印に登山道コースを選択。後でわかったことは、このリフトの横の道を真っ直ぐ登っていっても林道に出ることが可能で、昔はここまで車が通れたのかもしれません。

林道から京丸集落

リフトのあった場所から約30mほど登ると林道に合流。ここまでの時間は分岐から約1時間半くらいの道のり、大変な坂道もここで終わりで、廃林道を右に行くと集落方面(下り)、左に行くと京丸山山頂方面(上り)に続いています。

やっと林道に出た安心感からかここでも休憩。もう何十回休憩したのかわからない状況の中、視界の斜め左に祠があったので、無事に帰れるように御参り。

廃林道はほぼ下りで道が広いため歩きやすく、風景ロケーションを見る余裕も出てきました。山岳地帯がつらなる風景、こんな秘境地帯に藤原家の先祖はどうやって見つけてここを選んだのか?考えれば考えるほど不思議で、場所的には火の元となる木が豊富なのと水も滝や川があることから、生活の基礎はなりだちそうなものの謎が多い場所。

マップを確認すると後少しの距離。林道をひたすら道なりに進むと人が住んでいた痕跡が所々に出てきて、ついに集落到着。時間は林道分岐から約20分ほどの距離で、最初のゲートからは休憩を含めて約2時間半くらいのコース。

京丸集落藤原家の様子

京丸集落について初めに目についたのが、鳥小屋?蜂?の小さな小屋のような物。その先には藤原本家を代表する建物の存在が大きく、本当にこんな秘境に集落が存在したんだと疲れが飛ぶほどの感動。この時をジブリ映画で例えると、天空の城ラピュタがあてはまり、ついにラピュタを実際に発見したような感覚。

京丸集落は廃林道沿いに家々が立ち並んでいて、藤原本家となる建物は綺麗そのものの状態!管理する人がいるこそ状態を維持していると予想でき、国の重要文化財に指定されてもおかしくない迫力と伝統を実感。

屋根のテッペンに設置してある瓦には菊と葉が合体した「菊葉」の変わった紋。一階屋根角には京のマーク。瓦の紋は一般的には家紋を意味しますが、家紋は家柄もわかることからググッてみたところ、これと同じ物がヒットしなく謎は深まるばかりです。

集落のメインになる場所には神木となる杉の木の存在も大きく、後ろに同じくらいの太さの木がもう1本この地を守るように存在。樹齢は太さから何百年単位、オレ的予想では戦国時代付近ではないかと勝手にイメージ。

神木の横には石碑。京丸藤原家と牡丹のことが石碑に刻んであり、昭和60年に春野町教育委員会が設置。裏には過去に京丸集落に興味をもって調査を行った民俗学者の折口信夫氏の歌人別名「迢空」としての歌集が刻んであります。「海やまのあひだより 山のうへに かそけく人は住みにけり 道くだり来る心はなごめり」

所々に生活感ある昭和で時が止まったままのアイテムが特徴的。ここでどういう暮らしをしていたのか想像するのがこういう場所の良さとも言え、アクセスが困難な秘境の中の暮らしは大変だったのが想像できます。

そして訪れる前にネットで調べていて一番気になった神社のような建物。ここの天井部分には変わった絵が描いてあるということで、ひそかに楽しみでしたが、扉が閉められ見ることは不可能。どんな絵が描いてあるのか?その絵が意味している物とは?藤原家一族しか分からないのがまたいいのかもしれません。

とにかく伝説の集落が実存したことと、ここに来るまでの道のりが過酷だったせいかいつもよりも達成感がMAX状態。帰りは昔は車が通っていた京丸川沿いの廃林道コースを選択、登りがおおかったものの道幅が広く歩きやすい体感。帰りは1時間半くらいでゲートに到着。

そして帰り道で気になった石切集落、京丸集落とは接点があったのか聞き込みをしようとしましたが、人がいる気配が一切なく、ここも春野町の街から離れているだけに集落としての役目を終えようとしている場所。秘境地帯の現実はまさに過酷さを極めていて、協力してくれる人がいるからこそ生活が成り立つと想像でき、その点、京丸集落を造り上げた藤原家も何かしらの協力してくれた人がいたから昭和の時代まで続いたと過去に思いを馳せる登山ハイキングでした。

京丸集落藤原家に行った感想まとめ

今回はただの秘境地帯の集落ではなく、遠州七不思議のひとつでもある伝説の隠れ里「京丸集落」に登山ハイキングをかねて訪れてみましたが、想像を絶する場所に集落がたたずんでいた様子から伝説と呼ばれているのも納得のひとこと。その人が簡単にはいけない秘境地帯の集落は、時がとまったままの光景がどこか悲しくもあり、数百年前にここで暮らしていた人達の過酷さは想像をはるかに超えていたのかもしれません。

いくつもの時代を越えてきた京丸集落!現在でも全国に集落としての役目を終えた場所はいくつもあるものの、ここは訪れた人だけがわかる本物の秘境集落です。

京丸集落まとめ

  • 石切からゲートまで過酷な林道
  • ゲートからは徒歩
  • ルートは2択
  • 登山道コースはガチ装備必須

簡単にまとめるとこんな感じで、とにかくちょっと行ってみようの感覚ではいけない場所。大変だったぶん見た時の感動ははかりしれなく、オレ的には今まで訪れた秘境スポットの中でもずば抜けていました。

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